卸売市場流通についての諸問題

市場流通ジャーナリスト浅沼進の記事です

改正市場法によって卸売市場はどう変わるか-食品流通政策の歴史的転換、規制緩和の最終章に

Ⅰ.制度改正の流れ

 前回の記事にまとめたのが、今回の改正市場法によって変わる可能性がある課題です。今回は、こうした政策の変化について簡単に経緯をみていきます。

1.平成28年の動き

農業・漁業の第一次産業を食品流通の一環として構造改革するために卸売市場制度を変えようという取り組みは平成28年9月の規制改革推進会議の提言からでした。 

この提言は小泉進次郎氏のイニシアティブで進められていることもあって「卸売市場は「物流拠点の一つ」で「卸売市場法という特別の法制度に基づく時代遅れの規制は廃止」と一面的ですが過激な表現をつかったことで、卸売市場法廃止の心配が一気に市場業界に広がりました。

提言より二か月後の平成28年11月に出された農業競争力強化プログラムでは若干、表現が穏やかになりましたが基本は同じです。そして「合理的でない規制」と名指しされたのが、①卸の第三者販売、②仲卸の直荷、③商物分離の取引に対する規制です。

卸売市場法は本来が規制法ですから取引の主要な規制が「合理的でない」と結論づけられますと、そもそも「生鮮食料品等の取引の適正化とその生産及び流通の円滑化を図り」(卸売市場法第一条)という卸売市場法を制定した目的が違ってきます。農業競争力強化プログラムの方針でこれまで「農協改革」であり卸売市場とは関係ないという受け止めが一掃され青果と水産ともに危機感が強まりました。

ここまでが平成28年の動きです。

2.規制緩和の集大成

そして翌、平成29年に国会上程され8月1日に施行された農業競争力強化支援法の取り組みが加速、総選挙での自民党大勝もあって安倍政権の下で「農林水産業・地域の活力創造プラン」(安倍晋三本部長)となり、「農林水産業の産業としての競争力強化」が本格化されました。

その中心は、内閣府が平成28年9月に設立した構造改革徹底推進会合(竹中平蔵会長)で、総選挙後から一斉に稼動、「第4次産業革命」と位置付け、あらゆる分野の規制改革を進めつつあります。竹中氏はよく知られているように小泉純一郎氏とともに規制緩和の旗を振った中心人物であることで分かるように、今回の農林水産業の規制緩和は小泉政権時代からというより、イギリスのサッチャー政権が打ち出した反ケインズ主義理論「小さな政府」論がアメリカに波及し、レーガン、ブッシュ親子政権を経て対日要求書の論議から小売分野の規制緩和などにつながっています。いわば自民党政権の長年の取り組みの集大成・規制緩和の終着駅に降り立ったと言うべき段階です。

こうした大きな政治的流れの中で生まれたのが卸売市場制度の改革を中心とする「生産者・消費者双方のメリット向上のための卸売市場を含めた食品流通構造の改革について」です。タイトルだけを見るだけでは分からないのですが、内容はほとんど卸売市場法の改正についてです。

今回、明らかになった改正市場法は、こうした歴史的な経緯と取り組みの集大成ともいうべき政策です。

規制法である卸売市場法の根幹を撤廃することで、1923年以来、紆余曲折しながら行政主導で進められてきた食料安定供給の国策が変更され、食料供給を民の手に委ね、農業・漁業の第一次産業を自由主義経済の渦の中に巻き込むことで経済活性化を図ろうとする政策の大転換です。生鮮流通主体の卸売市場を、食品流通の一部として改革しようという提案ですから、どうやっても現行卸売市場法の改正では対応できません。

市場業界として、こうした流れに賛成か反対かを論議している余裕はありません。前述した改正市場法によってめざす政策的流れのなかで、自らの市場、企業がどのようなスタンスをとり、どのような経営をめざすかが問われています。

Ⅱ.市場業界の受け止め〜誰にとってのプラスか、マイナスか 懸念材料の検証

今回の法改正は大正12年の中央市場法、昭和46年の卸売市場法とともに市場流通のエポックメーキングとなることは間違いありません。それだけに、変革に伴うメリット、デメリットも大きく様々な懸念も出されています。

国の政策に限らず。全ての考え方は目指す結論は同じでも、そのプロセスは常に誰にとってプラスかマイナスかという相対的な問題を生じます。一つの事象には必ずメリットとデメリットが内包されています。

今回の市場制度改正も目的は「食品流通の活性化による国民生活の向上」ですから誰も反対はしませんが、卸売市場流通の立場からは市場流通の衰退が進み食品流通が混乱すると懸念する声も上がっています。そうした中から、1卸が有利で仲卸は壊滅的な打撃を受ける、2市場外企業に侵食され卸売市場全体が壊滅的な打撃を受けることで食品流通全体が混乱する、3地方卸売市場は大幅に減少するだろう、という三点について検証します。

1.仲卸は壊滅的打撃を受けるか

もともと卸売市場法における仲卸の位置付けは売買参加者と同じで、仲卸は市場内に施設を持つ販売業者というだけの違いです。「市場取扱高」はイコール卸の販売高であって、仲卸の売上高は入りません。

そして市場法はこの前提に立って、卸は仲卸と買参人以外に売ってはいけない、仲卸は当該市場卸以外から買ってはいけないと規制しています。

この法規定が廃止されると力関係は圧倒的に卸が優位性を持っていますので仲卸の業務は全て卸に奪われるのではないかという懸念です。当然の懸念だと思います。

ただ、例えば東京の大田市場と築地市場をみますと、大田市場仲卸は神田市場時代より仲卸数は半減していますが市場としての売り上げ、仲卸の売り上げは大幅に増えていて、今、大田市場移転は失敗だったという声はありません。仲卸の数は減少しましたが、機能・役割の変化によって仲卸の果たす重要性は増しており、仲卸機能が大田市場の発展を支え牽引した原動力となったことは明らかです。

青果と水産は違いますし、築地市場が豊洲に移転し、大田市場と同じになるという保証はありません。築地市場水産仲卸はすでに半減していますし豊洲に移転すればさらに減少することが確実視されています。

しかし、これは卸が仲卸の業務を奪ったからではありません。よく知られているように小売買参人の減少と量販店の拡大で、小売の仕入れ機能を果たしていた仲卸の数が多すぎるようになったからです。今までも繰り返し書いていますが「仲卸数は減る、仲卸機能は残る」傾向は今後も続くでしょう。問題はこうした流れが市場制度の改正でさらに加速するのだろうかということです。

改正市場法は取引規制を原則廃止することで市場の入口を広くしようという狙いです。入口を広くし、取引相手が増えても、それは仲卸ではなく卸売業者の売上になってしまうのでしょうか。そんなことはありえません。

ある大手卸の幹部に制度改正は卸にとって有利に働くのではないかという疑問を出すと「われわれは市場法を廃止して欲しいとは思っていませんし、多少、実務上の手間がかかりますが、現状で何も困ることはありません。

むしろこれ以上仲卸が減少すると困る。卸が仲卸機能を全て担うとコスト的にあいません。」と答えてくれました。建前でなく本音なのではないでしょうか。地方市場で仲卸の必要がない卸が、わざわざ仲卸を設置して決済に応じて業態別に販売を分けている市場があります。

特にブランド野菜や高級果実、鮮魚については、目利き機能はじめ細かい販売対応、配送・加工機能など担うべき機能は多様化しています。

卸売市場は、卸〜仲卸というルートだけでなく、卸・仲卸〜小売・業務用という販売チャネルが構築されています。これは卸売市場が場外企業よりもはるかに優位性を発揮できる機能となるのではないでしょうか。

問題は卸と仲卸の協力・協働関係のあり方で、これについては地域、市場ごとの独自性で選択されるべき問題です。

2.卸売市場は市場外流通に侵食されるのではないか

地方市場の減少は、一つは市場間競争による淘汰と、もう一つは市場内、市場外の流通施設をともに支援するという方針によって市場外業者の市場事業参入が増えることが予想されるからです。

取引の規制が廃止されると市場外で新たな施設を設置するより行政用地に用意されている公設地方卸売市場に参入した方が業務面からもコスト面からも効率的であることは明らかだからです。

だからといって既存の地方市場が直ちに市場外企業によって侵食されるかというとそうとは限りません。

その理由の第一が行政との関わりが深い公共性と、卸と仲卸機能があるという市場流通の優位性です。都心部や高速道沿いなど絶好の立地条件と広大な敷地・施設を使用できる市場の優位性は、大手商社や流通大手も敵わない強みです。

但し、今までは公共資産を勝手に使うなという規制があったのですが、それが取っ払われる。すでに三菱や神明など大手の市場外企業による市場流通参入が相次いでいますが、これらは卸売市場の持つ優位性に着目した動きであることは明らかです。

そうした意味で中央市場は場外企業から侵食されるかもしれませんが、それは卸売市場の優位性を証明しているとも言えることで、その優位性を活用した新たな取り組みであるとも言えるのではないでしょうか。これは、市場制度見直しの目指す方向の一つです。

3.地方卸売市場の減少は避けられない

市場制度見直しによって最大の影響を受けるのが地方卸売市場の問題です。地方市場の卸は中央市場の仲卸よりも影響が大きくなると思います。

千を越す地方卸売市場と、その中に占める約100の公設地方卸売市場は、ともに大きく減少することは避けられません。もともと卸売市場はオーバーストアであるという指摘はありました。行政指導で一定の再編は進んだのですが、この動きが制度改正によって劇的に進む可能性が高くなっています。

今後の「地方卸売市場」は、従来の地方卸売市場とはまったく変わってきます。

第一に認定制になることで、全ての卸売市場は、国の定める基本方針に適合しなければならず、安全衛生基準や売り先の差別的取り扱いの禁止等、いくつもの要件をクリアしなければならず、全ての地方市場は公設、民営を問わず、業務規程をそえて申請することが認定の条件です。

「地方卸売市場」の名称を得るメリットと、申請の煩雑さや決済サイト奨励金等の取引条件を公表しなければならないデメリットを比較し、申請しないという選択をする民営市場も増えるのではないでしょうか。水産の産地市場など、日常的には地方卸売市場の名称を使用していない市場も多く、申請しないことによる地方市場数の減少は、必ずしも市場流通の衰退を意味しているわけではありません。

Ⅲ.市場流通のエポックメーキング〜セーフティネットの必要性

今回の法改正は大正12年の中央市場法、昭和46年の卸売市場法とともに市場流通のエポックメーキングとなることは間違いありませんが、変革は常に痛みを伴います。

改正市場法という処方箋も劇薬で副作用が強い、副作用の一つが地方市場の減少です。改正市場法によって市場のオーバーストアは一気に解消できるかもしれませんが、しかし同時に地域経済を守るためのセーフティネットを構築することが必要になるのではないでしょうか。

「活力創造プラン」では、卸売市場が業種転換する場合の支援措置が出されていますが、卸売市場によって支えられていた地域の小売買参人や料飲食店の受け皿については言及されていません。

物流機能があるではないか、宅配便を利用すればいいではないか、解決策はいくつも思いつきますが、経営を維持できるかどうかは民間責任です。

それで淘汰されて、代わりに大手の小売や物流業者がカバーしてくれるならば、消費者にとってマイナスにはならないのですが、小規模業者が採算のとれない事業に乗り出す大手企業はいません。

また、民間企業が卸売市場として認定を受ける自由は、同時に撤退する自由とセットになっています。採算に合わないと撤退します。すでに流通希薄地帯で大手物流業者が撤退し地元の民営卸売市場に委ねるケースが出ています。

今まで市場法の規制に守られ、かろうじて営業してきた地域の地方卸売市場が維持できなくなることで地域経済に深刻な影響が起きる可能性が出てきます。

オーバーストアが解消しても、従来の卸売市場と新規の民間卸売市場が競合することで、淘汰された後で経営採算に合わない民間経営の卸売市場が撤退すると、地方自治体の新たな負担が発生します。

すでに民営市場が事業を廃止した地域で、行政が市場用地、施設をそっくり買い取り、さらに卸売会社も従来の社員を抱えたまま経営に責任を持つという純粋な「公設公営市場が」出てきています。

今はまだ、例外的なケースですが、市場制度が変わると、そうした地域市場が果たしてきた「公共性」の担保が地方自治体に求められるケースが増えるでしょう。

それは地方自治体の問題で国の関与すべきことではないということで済まされる問題ではありません。今回の法改正では卸売市場が果たす公共性の役割も重要視されています。

官と民の新たな共存をめざす卸売市場の管理運営のあり方もまた、改正市場法の大きな柱になっています。卸売市場はインフラ、社会資産としての役割を担っています。新たな官民協力をめざす卸売市場のあり方が期待されます。

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